インプラント(人工歯根)
■生体に馴染みやすいチタンの登場で、実用化へ
できれば、一生自分の歯で食事を楽しみたいというのは、多くの人の願いです。
しかし、実際には虫歯や歯周病で何本かの歯を失う人が多いのも事実です。こうした時、より自分の歯に近い形で失われた歯を修復する方法として注目されているのが「インプラント」です。これは、簡単にいえば人工歯根、つまり歯の土台を顎の骨(歯槽骨)に植え込んで人工の歯冠をかぶせる方法です。
三井記念病院歯科口腔外科の寶田 博部長によると、インプラントの発想自体は、かなり古くからあったといいます。
「ヨーロッパで発見された紀元1世紀頃の人骨にも上顎に鉄製の歯が埋められていました。これが、現存する最古のインプラントといわれている」とのこと。
日本でも江戸時代に作られたツゲの入れ歯などが見つかっていますが、インプラントの発想は、はるかに古くから存在したわけです。
しかし現実には植えた人工の歯を長くもたせることはなかなかできなかったようです。そこで、さまざまな工夫を重ねるうちに、入れ歯やブリッジなど、他の修復法が発展してきたとみられています。とはいえ、入れ歯はなかなかうまく噛めない、ブリッジはよく噛めるものの両側の歯を削って支えにしなければならないなど、それぞれに長所、短所があります。「親知らず」を使って、喪失した歯の変わりに植え込んだり、事故やケガで抜けた歯を再度埋めるといった方法もありますが、こうした歯の移植や再植はごく限られたケースにしか応用できません。そんな中、喪失歯の修復法として、長く実現が期待されてきたのがインプラントだったのです。
ところが、その実現は一筋縄ではいきませんでした。インプラントの実用化に向けて本格的な取り組みが始まったのは、今から数十年前のことです。「アメリカの歯科医が、板状のハガネを埋め込む方法を開発し、これはブレードタイプと呼ばれ、かなり実用化に使われた」といいます。その後、サファイアなどの材料も使われるようになりました。
しかし、当時のインプラントには、まだかなり問題がありました。時間がたつとインプラントがゆるんだり、抜け落ちてしまうことが多かったのです。「当時は、インプラントの材質に骨との親和性がなく、うまくくっつかなかったのです。異物は、体内で排除されます。そのため、せっかく植えても繊維組織で包み込まれてインプラントが押し出されてしまい、グラグラになってとれてしまったのです」と寶田部長は振り返ります。期待が大きかっただけに、落胆も大きく、インプラントはやはりダメなのではないかという評価がくだされた時期もありました。当時、口腔外科医として、寶田部長も失敗したインプラントの後始末に追われたといいます。「こうした状況を一変したのが、チタンの登場だった」と寶田部長は語っています。
新しく生体材料として導入されたチタンは、生体組織との親和性が高く、特に骨と一体となって接着する性質がありました。体に害がなく、生体に馴染みやすい材料だったのです。これにヒントを得てスウェーデンでチタンを使った人工歯根が作られ、ここから、本当の意味でインプラントの実用化が始まったといってもいいでしょう。
さらに「ハイドロキシアパタイトという骨や歯の成分が、人工的に合成できるようになったことも大きな要素でした」と寶田部長。このハイドロキシアパタイトをチタンにコーティングすることで、より生体との親和性が高く、骨としっかりくっつく人工歯根ができたのです。
「日本で人工歯根が使われるようになったのは昭和60年代のことです。それから、インプラントに対する評価は一変しました。今では、インプラントを否定する人はなく、喪失歯の優れた修復法のひとつとして認知されるようになりました。三井記念病院ではこれまで400人、計1200本のインプラントを実施していますが、自分の歯とほとんど変わらないというのが患者さんの共通した感想です」と、寶田部長は語っています。
■人工歯根を植え込むためには、歯槽骨の十分な高さや幅が必要
では、実際にインプラントができるのは、どのような人なのでしょうか。
寶田部長によると、虫歯でも歯周病で喪失した歯でも、インプラントは可能だそうです。
手術ができる状態の人であれば年齢制限もありません。ただし、乳歯や顎の成長期、つまり16〜17歳以下の場合は控えたほうがいいとのこと。たとえこの年齢でも、歯列矯正のための「支点」としては使うことがあるそうです。
また、年齢制限はないといっても、インプラントを行うためには、大切な条件があります。それは、人工歯根を植える部分の骨(歯槽骨)が、それに必要なだけの高さと幅を持っていないといけないということです。
歯周病になると、炎症によって顎の骨が吸収されていき、歯槽骨が薄くなってしまいます。上顎の場合、そのさらに上には、慢性副鼻腔炎などで膿がたまる場所である上顎洞という空洞がありますが、年をとると、この空洞が大きくなってくるのだそうで、歯槽骨の高さや幅の確保が難しくなる場合があるのです。
また、下顎の場合は、歯槽頂(歯槽骨の一番高いところ)と「下顎管」との距離が問題になります。下顎の骨の中には、神経や血管が通る下顎管というトンネルがあり、この神経は唇にいっているので、手術で損傷すると唇に麻痺などが起こることがあります。それを避けるためにも、やはり下顎管との距離が10ミリほどあることが必要なのです。
とはいえ、「歯槽骨の高さが足りない場合、骨を横に切ってネジで広げ、骨を高くするという方法もあります。あるいは腰や顎の骨を移植するなどして骨を造成する技術も開発されています。さらに、下顎の神経や血管を横に移動させたり、上顎洞の底を上げて骨を足したりする方法も行われるようになりました」と寶田部長。
糖尿病や肝臓病など持病のある人は、慎重に行なければなりませんが、あとは、本人の努力次第。「ブラッシングをきちんと続けることによるプラークコントロールができない人、術後に定期検診が受けられない人は対象外になります」とのことです。
このような条件に合わず、インプラントができない人は、寶田部長のところでは5人に1人ほどいるとのこと。一番希望者が多いのは50代で次が40代と60代。最高年齢は80代の患者さんだそうです。
実際の治療は、レントゲン写真や口の中の模型を作るなど、インプラントが可能かどうかという診断から始まります。最近では、CTで顎の骨の状態を診ることもあるそうです。
こうした検査によってインプラントが可能になると、麻酔注射をし、手術が行われます。
まず歯肉を切り、顎の骨に孔を開け、ここのインプラント、すなわち人工歯根を埋め込むわけです。孔の大きさは、埋め込むインプラントの種類によりますが、3〜6ミリほどになります。
基本的に人工歯根には次ページの図のような3種類があります。

顎の骨の中に埋める部分と上に出る部位(歯冠をかぶせる部分)が一体となったのが、1ピース型です。これは一体成形のインプラントなので、構造も単純で丈夫ですし、手術も1回で済みます。
これに対し、顎に植える部分と上の部分をネジでつなぐ2ピース型があります。2ピース型には、さらには2つのタイプがあります。
2ピース1回法(手術1回)の場合は、まず骨の中に埋める部分を手術で顎の骨に植立します。この時、少しだけ頭を歯肉の上に出しておきます。そして2,3ヶ月後、骨と癒着してから改めてこの突出部にネジで上の部分を取り付けます。
一方、2ピース2回法の場合は手術が2回必要になります。まず、顎の骨の中に完全にインプラントの下の部分を埋め込み、歯肉をいったん縫合します。そして、完全にインプラントが顎の骨とくっいたあとで再び歯肉を切開して頭の部分をネジでつけるのです。
手術回数も多く、複雑な工程ですが、2ピース型ができたのには、やはりそれなりの理由があるそうです。
「インプラントができたとき、2つの疑問点があったのです」と、寶田部長はいいます。
ひとつは、1ピース型の場合、インプラントがしっかりとくっつく前から、食物を噛むことになります。それによって、植えたインプラントがずれるのではないかという疑問です。これに対処するために生まれたのが、2ピース一回法です。この方法ならば、頭の部分は後から付けられるので、しっかりインプラントが付くまで待つことができます。
もうひとつは、埋め込んだ周囲から細菌などの感染が起こるのではないかという不安でした。そこで、下の部分をまず埋め込んで歯肉をしっかり縫合し、感染の心配がなくなってから改めて切開して頭の部分を付けようというのが2ピース2回法だったのです。しかし、実際には「1ピース型でも、人工歯根を植えた部分でしばらく物を噛まないよう注意することで、歯槽骨とうまくくっつかないという失敗を避けることはできますし、感染もほとんどありません」とのこと。
インプラントを植え込んだ後は、歯の形をした人口の歯冠を取り付け、これで初めて本当に噛めるようになるわけです。ハイドロキシアパタイトをコーティングした1ピース型インプラントでは、およそ6週間ほどで歯冠を装着できるようになります。
「チタンを材料にしたインプラントでは2ピース2回法が歴史が長く、それだけ信頼性も高いのですが、最近はより簡単な2ピース1回法、さらに1ピース型を採用する歯科医が増えている」ということです。
■自然感があって、自分の歯と同じようによく噛める
インプラントを植えるための手術は、基本的に外来で行われます。麻酔からインプラントを植え込んで歯肉を縫合するまで、1本ならばおよそ30分。2本ならば40分ぐらいだそうです。埋め込む数にもとくに制限はなく、分けて手術を行うことはありますが、全部の歯をインプラントにすることも可能です。
インプラントは自分の歯以上にしっかりと固定され、よく噛めるのが長所です。ただ、人間の歯には歯根膜というセンサーがあって噛む強度を調節しています。インプラントの場合こうしたセンサーがないので、強く噛みすぎて顎の骨が折れるのではないか、という疑問をもたれたこともありました。しかし、上下ともインプラントの人でもまったく問題はないそうです。
「入れ歯やブリッジは、残っている歯に負担がかかるのが難点です。その点インプラントは逆に他の歯の負担を軽減するので、歯周病によるグラつきなどが治まることもあります。噛み心地という点でもほとんどの人が満足しています。喪失歯の修復では、一番の選択肢といってもいいのではないでしょうか」と寶田部長は自身を持っています。これまでの実績をみると、95パーセント以上の成功率だといいます。
嘔吐反射がひどくて入れ歯を装着できない人、前歯の入れ歯などでうまくしゃべれない人、楽器を吹く人などには、とくにインプラントが勧められるそうです。
「インプラントは、集学的な技術が必要な治療法です。その意味で、日本口腔インプラント学会や日本口腔外科学会で認定医や指導医の資格をとっている人、というのもひとつの目安になるでしょう」。上手な歯科医を探すことも成功の条件といえます。
【婦人公論・2001年10月22日号掲載】
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