インプラント治療の長い経験と口腔外科専門医による安全確実な手術
笑顔 1997年4月号
歯の治療は全身的な病気と関係ないと思っていませんか?それは大きな誤りです。例えば高血圧の人が、抜歯のため麻酔を打ったとたん、血圧が急激に上がって危険な状態に陥ることもあるのです。安心して歯の治療を受ける為には、自分の体のことをよく知り、病気を持っている人は、それがどんな病気で、どんな状態にあるのか、服用しているクスリがあれば併せて、歯科医師にきちんと伝えることが大切です。
寶田博先生にお話をうかがいました。
歯科にかかるとき、受付で問診票を渡されますが、必ず記入しなければならないものなのですか。
寶田:はい。もしその患者さんが、何らかの病気を持っていた場合、安全な全身管理をしたうえで歯科治療をしないと、時として危険なトラブルを偶発する恐れがあります。ですから、問診票には「抜歯したことはあるか」「抜歯のときトラブルはなかったか」「何か病気はあるか」「現在、服用中のクスリは?」など、細部にわたっての項目があります。すべて患者さんの全身状態を知るうえで必要な情報ですから、正確に、できるだけ詳しく記入してください。
一方では、持病があるために、近くの歯科医院での治療を断られたという話もよく聞きます。
寶田:残念ながら現状ではまだ、そういうケースが少なくありません。現に、大学病院や総合病院の歯科は、一般の歯科医院から紹介された患者さんでいっぱいです。私どもではあまりにも有病者の方が多いので、そうでない方には近くの歯科医院へと、こちらから逆にお願いすることもしばしばです。
病気のある人は、病院の歯科でないと安心して治療を受けられないのでしょうか。
寶田:そうではありません。周知のように高血圧症や心疾患などの循環器疾患、糖尿病を発症する人は年々増えていますし、これ以外にも最近よく話題にあがるC型肝炎などの肝疾患や腎疾患も増加しています。しかも高齢化社会を迎えたわけですから、この傾向はますます強まるのではないでしょうか。こうした病気を持った人に対応できるようにすることが、今後の歯科医療の大きな目標でもあるのです。すでに「日本有病者歯科医療学会」が設立され、全国1000人以上の歯科医が積極的な取り組みを始めています。開業医でも十分習練を積んだ先生が年々増加しています。将来的には、病気の重症度に応じて、一般の歯科医院と病院が担う治療範囲が区分されることになるだろうと思います。
ところで、有病者の歯科治療で予測されるトラブルとは、具体的にどんなものですか。
寶田:歯科治療のうちで、もっとも慎重さを求められるのが、何といっても頻度の高い抜歯です。普通の人でも抜歯の際には緊張の為血圧が変動します。治療のイスに腰掛けた当初、誰でも血圧は上昇していますが、徐々に落ちついていき、麻酔の注射をすると再び上昇、しかし麻酔が効き始めると安定します。そしていよいよ抜歯ということになると、ここでまた血圧は上昇し、抜歯が終わるとやがて安定する……これが血圧の一般的な変動です。
ところが、高血圧症の患者さんの場合、この変動が普通の人に比べて非常に大きい場合が多いのです。つまり、麻酔の注射を開始した直後に極端な上昇を示したり、急激に低下するといったことがあります。
急激な上昇は、脳の血管が破れて出血するといった危険をはらんでいるわけですね。
寶田:最悪の場合はそうなります。特に動脈硬化などを合併している場合は危険ですね。逆に血圧が下がりすぎると、いわゆる脳貧血を起こしやすく、意識がなくなり、極端な場合はショック状態になることもあります。
高血圧の人は、よほど注意しないと。
寶田:ただ、同じ高血圧症の患者さんでも、治療して血圧がコントロールされている人と、治療を受けていない人とでは、血圧の変動に大きな違いがあります。平均値でみると、治療されている人のほうが血圧の変動か少ないのです。
まず、病気の治療をきちんとすることが歯科治療上のトラブルを防ぐ上でも大切なのですね。
寶田:まさにそのとおりです。糖尿病の場合も同じことがいえます。
糖尿病で歯科治療上、問題になるのはどういうことでしょうか。
寶田:糖尿病の患者さんは、体の免疫力が低下している為に、抜歯後、治癒の悪いことが少なくありません。さらに感染を起こしやすいというのも、大きな問題です。一般に糖尿病の患者さんは歯周病が悪化しているケースが多いですが、このことが関係しています。また、糖尿病は腎疾患をはじめ、さまざまな合併症を伴う病気ですから、歯科治療にあたっては、全身の管理が非常に重要な意味を持ちます。しかし、高血圧症と同様、血糖値がきちんとコントロールされている患者さんでは、大きなトラブルが起こることはまずありません。
そういう患者さんに、歯科治療の現場ではどういう対応がなされているのですか。
寶田:有病者の歯科治療で、もっとも重要なのは、担当医と連絡を取り合い、何か問題が生じたときには協力を仰ぐという体制を整えておくことです。
たとえば、糖尿病でしかも血糖値がコントロールされていない患者さんですと、まずは内科を紹介して、血糖値のコントロールをしてもらいます。そして担当医と連絡を取り合いながら、これなら大丈夫と判断したところで歯科の治療にかかります。特に抜歯をする際には、抜歯後の感染を予防する為に、あらかじめ抗生物質を服用してもらいます。
高血圧症への対応はどのように?
寶田:診療室には、自動血圧計と心電図モニターを備えています。二分間隔で血圧を継続的に測定していき、血圧の変動を見ながら、安定した段階で抜歯などを行うのです。血圧の異常な上昇を抑える為、局所麻酔と併用して笑気鎮静法を使うこともあります。抜歯中に急激に血圧が上昇したときには、カルシウム拮抗剤のような降圧剤を一時的に投薬することもあります。
もちろん、あらかじめ担当医と連絡を取り合い、何かあったときにはすぐさま駆けつけてもらえるよう協力体制をとっていますが、特に重症な心疾患を合併しているような場合は、担当医の立会いを要請するケースもあります。患者さんにとってもこれは大きな心理効果をもたらします。
他科との協力は、医学的な面だけでなく、患者さんの心理面にもプラス効果があるわけですね。
寶田:心理効果といえば、抜歯を明日に控えている為に夜緊張して眠れない、という患者さんもいらっしゃいます。そういう場合は、精神安定剤を処方して、抜歯に備えてもらうこともあります。
また、狭心症の患者さんには、抜歯の前に、あらかじめ舌下錠(ニトロ)を使用します。抜歯中に発作が起こらないよう、予防するのです。
これまでうかがった歯科治療上のトラブルというのは、しばしば起こるのでしょうか。
寶田:いいえ。実際には、トラブルの頻度は非常に少ないのです。私の経験からいっても、いまここで即座に思い浮かばないくらいですから。しかし、有病者ゆえにトラブルが時に起こることは事実です。トラブルを未然に防ぐ為には、医療側の取り組みが大切であることはいうまでもありませんが、同時に患者さんの協力も大切です。
私達患者は、どんなことを心得ておくべきでしょうか。
寶田:私ども歯科医師にとって一番怖いのは、自分が病気であることに気づいていない、あるいは病気であることは知っていても意に介さない人です。こういう患者さんは、問診票でも病気はないと答えます。ところがよくよく話を聞いてみると、検診で血圧が高いといわれたのに、治療も受けずに放置していることが結構見受けられます。
当然のことながら、疑わしい場合は血圧測定をしたり、血糖値の検査をすすめるわけですが、案の定、血圧が高い、血糖値が高いというケースが意外に多いのです。
危険なことですね。
寶田:そこでぜひお願いしたいのは、ご自分の体のことをよく知り、どんな病気があって、どんな治療を受けているか、現在はどういう状態にあるのかなどを、正確に歯科医に伝えるようにしていただきたいのです。このためには、担当医から歯科医への依頼状を書いてもらうのがベストです。依頼状や紹介状は書式もだいたい決まっており、また保険診療の中で評価もされていますので、遠慮する必要は全くありません。これでもまだ情報が不十分な場合は、歯科医から直接担当医に問い合わせてもらうのがよいでしょう。
通院している担当医と、一般の歯科医院との情報交換は、日常的に行われているのでしょうか。
寶田:文書でも、電話でも行われています。そちらに通院なさっている、こういう患者さんが来院しましたが、病態はいかがでしょうか? と問い合わせると、先方からそれに応じた返事がくるはずです。歯科医はそれに沿って、抜歯するかどうかなどの判断をするわけです。
お年寄りですと、ほとんどの人が何らかの慢性疾患をもっていますから、特に用心が必要ですね。
寶田:そのとおりです。高齢有病者の場合は、一人のお年寄りが多くの病気をもっていることが大きな問題です。また、高齢になるほどストレスに対する耐用能が低くなる為、慎重な対応が必要です。ところで、老人性痴呆症や寝たきり老人が社会問題になっていますが、こういう方々については歯や口腔のケアが介護上の問題として浮かび上がってきます。
どういう?
寶田:ご存じのように、日本歯科医師会と厚生省は80歳で20本の歯を残そうと「8020」運動を推進してきました。その効果は徐々にあらわれてきています。このことは、お年寄りの「食の楽しみ」を維持するために大切です。ところが、せっかく歯を残しても、痴呆症や寝たきりになって手入れができなくなると、とたんに口の中は細菌でいっぱい。虫歯や歯周病が急激に発症します。口臭はひどくなり、膿や汚物を誤嚥して、嚥下性の肺炎を起こすこともまれではありません。こういった問題をどうするか。「歯科口腔ケア」はまさに高齢化社会の大きなテーマといえます。
【笑顔・1994年4月号掲載】